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みなかみ’s blog

忘備録と整理のために

【キノの旅】ラノベ強化週間【七巻】

キノの旅が狂おしい程に好きなんですが、諸事情で一時期全巻手放してしまっていました。でも、近所の古本屋を覗いてみると極めて安価でキノの旅が書棚に並んでいるのを発見し、可能な範囲で購入。暇な時間にポツポツと読んでいます。

 

 自分の場合、ラノベ・漫画・小説の読書数が増えるほど、別書籍の読書数も増加するので、積極的に面白そうなラノベ・漫画を発掘してるんですが、自分の好みだけで選ぶと選書の限界が出てくるので何か面白いラノベ・漫画・小説はないですかね。SFや旅を取り扱った本が好きなんですが、その中でも三人称ではなく一人称視点がいいです。神の視点は想像補完が制限されてしまうので面白くない...(何様)

 

 今回はキノの旅七巻の感想を軽くまとめて書こうと思います。本巻はキノの旅の重要な登場人物の一人、「ハンサム」が初めて登場する巻であり、名作とされる「戦車の話」が収録されている巻です。「ハンサム」がこの巻で登場することを今日初めて理解し、めっちゃ驚きました。「ㇴっ」っと出てきたので、昔読んだときは印象に残らなかったのかなあと。以好きな話を抜き出し、以下に感想を書きます。今日はまずひとつ。

 

 ・プロローグ・エピローグ・扉の言葉「誓いa・b」

  誓えないと誓います

  誓わないと誓います

  誓えないと誓います

 ーI dont trust me.ー(キノの旅7巻、扉の言葉pp.13)

  いきなり思わず頭をかしげてしまいそうな文章が書かれていました。それはもちろん、文の前半と後半でパラドックスが生じているからです。「誓えない・誓わない」と言っているのに「誓います」の文言が放り込まれています。当初は、「何を言っているんだこいつは...」と疑問符がつくばかりでした。しかし、副題の「I dont trust me(私は自分を信じない)」という一文が組み込まれることで、この文章の理解が変化しました。

 

 自分自身を信じない、つまり、自分の発言は常に真ではないといった自己否定が組み込まれることで、「誓えます」という言葉の信頼性を崩しているのです。誓う自分自身を信用しないーこの文章には、「自分が決意したことは、ある時にコロッと変わってしまうだろう」という、なんとも人間の決意の脆弱さや、思考の流動性をさし示しているように感じられました。

 

 プロローグ・エピローグ「誓い」では、娘が生まれて物凄く気分が高揚し、今後の自分の在り方について、こうあるべきだからこうあると俺は誓うんだー!と、誓いを立てる男が登場します。この男は今にも道頓堀から飛び込む虎ファンレベルで興奮しており、興奮の中で、娘に恥ずかしくない自分になるという誓いを立てるのですが、一見すると物凄くほほえましいし、この誓いが達成されるといいね!って思います。しかし、先述の扉の言葉を加味するとちょっと感想が変わってきます。

 

 この男は通常の精神状態は異なる中で、思考をめぐらし、自分の中に誓いを打ち立てます。しかし、一晩寝て朝目を覚ますと、この誓いを今後履行できるような精神状態を維持できるでしょうか?

 

 「娘の誕生」とは日常の中に発生する、いわば「イベント」であり、それとは別に膨大な日常生活があり、取り巻く環境があります。イベントで得られる快感よりも、日常生活で得られる平坦さや現実感のほうが情報量としては多いはずなので、これにどんどん引きずられ、最終的には誓いを履行できなくなるのではないでしょうか?

 

 「鉄は熱いうちに打て」ということわざも、このことを見越して先人が残したんだろうなあと。自分自身は極めて日常に引きずられる存在であることを認識することが大事なのだろうなあと。そして、人間は考えがものすごく変わりやすいものなんだろうなと。

 

 この人間の性質が真実であるならば、気が変わりやすい特性に対してつらみすら覚えますし、このなかでどのように工夫をして物事を進めればいいんだろうなあと、思いを巡らせてしまいます。皆さんはどのような工夫を日常生活の中でこしらえていますか?