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みなかみ’s blog

忘備録と整理のために

社会的要請を強制された人々のたどる道?:松村涼也(2016)『ただ、それだけでよかったんです』電撃文庫

「この狭い教室の片隅、危うく保たれた均衡のなか、退屈したり窒息したりしそうになりながら、笑いあっていた平和な日々。」

「突然、この世界は音を立てて壊れてしまった。人気者天才少年Kの、謎の自殺によって」

 

 ここから始まる青春日常崩壊系ラノベこそが、松村涼也の『ただ、それだけでよかったんです。』。第22回電撃大賞をかっさらい、世に躍り出た本作品は、ラノベとしては結構異色な空気を醸し出しています。内容の要約ははテキトーにどっかのサイトで見てください。

dengekibunko.jp

 

 個人的に、電撃文庫というラノベレーベルから、こういう重たい内容の小説が発行されることに結構な意外性を感じました。電撃文庫といえば、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』『キノの旅』『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』『魔法科高校の劣等生』『ソード・アート・オンライン』ってな感じで、多様な作風の作品を輩出しつつも、比較的テーマとしては軽い、最終的には主人公サイドが勝利して、主人公がサブキャラの女の子とイチャイチャして、それに自己投影して読者を気持ちよくさせるような作品を中心に出してたイメージがあったのです。しかし、このイメージからかけ離れた結末を導いた本作品は個人的な電撃文庫のイメージを大きく塗り替えることになりました。

 

この作品はおそらく、 現代社会に対するアンチテーゼという側面があります。このラノベは、他者に対する相対的優位を獲得するためにEQやコミュニケーション能力といった、人間としての価値を計量することを有り難がる今に対する疑問を私たちに投げかけてきます。だからこそ、大賞に選ばれたんじゃないかなあと思ったり。

 

 結論から言うとこの作品は誰も幸せにならないんです。登場キャラクター全員に「正義」はおらず、各々が何らかの問題を抱えていて、他人にマイナスの波及効果を与えている。こうした問題を抱えた各々の問題が「根本的に」解決するのかと思いきや、誰もそうならない。各々が自らの罪というか、責任というか、そういったものをこれからもかかえ続けて生きていく。読者はなーんも気持ちよくありません。

 

 この後味の悪さは、感覚的には桜庭一樹の『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』を読了した後に似てる感じがします。桜庭の場合、友達は死んだけど自分の周りは幾分かポジティブな変化があって、結果的に主人公が幸せの端緒をつかんでいる感じな分、救いがあるんですが、、松村の場合それもない。(エンドの解釈で幸せなんじゃないかっていう人もいるとは思うんですが、あれはハッピーとは個人的には解釈しないです。)

 

 じゃあなんでこんなに登場人物が不幸せなのかというと、作中に登場する、「人間力優位主義」というか、「計量される人間力(よく言われる’コミュ力とかそういうの)によって序列が決定される制度」(以下人間力テスト)が導入されている学校が舞台であるということがキーとなります。人間力テストは学校の構成員の評価に直結し、低いものは価値のない人間とみなされ、高いものはその逆としてもてはやされる。だからこそ、この序列をめぐって個々人は自己保身に走ることもあれば、政治的な工作をする。この世界の人間はみな、自分の価値を確かめるために、価値を得るために、生きているのです。めっちゃしんどい世界。

 現実にも自分の価値(他にも人生の価値)っていう文言は割と周りでも散見するし、自分でも「そういうものがある」と信じている時期はあったんですが、今は「客観的な人間価値の計量は不可能」で、「個人の価値観(パラダイム)によってその人の評価は大きく変化する」という立場を取っています。そして、そうした立場を取っても許されるし、まだ比較的そういった社会的文脈と距離をとれるのですが、「もし、ある価値観体系(松村の場合人間力を基準とする序列体系)がシステムとして社会に組み込まれたらどうなるのか」と考えるともう地獄ですね。

 価値観を他者から強制され、システム化によって逸脱も許されない、いわば一種のディストピアを描いた作品が本作です。価値観の強要という行為がいかに妙な合理性を人間の頭に上書きするのか、読むといいと思います。胸糞。ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』で、「本当の動物を持っている人間はすばらしい人物である」みたいな価値観体系があったと思うんですが、本当にあんな感じで、社会的要求に振り回される個人の儚さというか、無意味さというか、でも生き延びるためにはそうしなければならないという葛藤というか、生きるのがつらい

 個人的には伊藤計劃読んだときくらいのインパクトがあったので、おすすめ。

 

 

 

 

 

 

  • ネトゲの嫁は女の子じゃないと